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■クラヴィコードの植物文様
西欧中世の時代において、音の基準となったモノコードは、その当時の音感を育むだけでなく、その音感の背景にあるキリスト教の調和と秩序の象徴だったといわれています。その後、モノコードが楽器となるために、鍵盤というアタッチメントが必要になり、「keyed
monochord」と呼ばれるようになったそうです。さらに、15世紀あたりから、弦の数が増え、クラヴィコードという楽器のかたちとなり、18世紀になると、広くヨーロッパで使われるようになりました。バッハも愛用したといわれるクラヴィコードは、今で言う携帯型キーポードであり、どこにでも持ち運びが可能で練習や作曲の手助けとなったのです。あくまでも個人仕様の楽器だったクラヴィコードは、その音量
の制約のために公開演奏には適していません。しかしながら、その微かな音は、聴く人の意識に作用します。つまり、その音の大きさがわれわれに音に集中するという行為を与えるのです。
これまで、《植物文様》のシリーズには、ピアノやハープシコードのための曲集がありましたが、以前からクラヴィコードに興味を寄せていた砂原悟さんと相談するうちに、クラヴィコードで《植物文様》を演奏してみたらどうだろうということになり、昨年、自由学園・明日館での「クラヴィコードの植物文様」の公演につながったのです。
今回演奏される《植物文様15集》《16集》は、昨年、作曲されたばかりのものですが、作曲の際にクラヴィコードが醸し出す微妙な音調を意識しました。これらのあらたな曲集には、バッソ・オスティナート様式によるものや、異なるリズム・ユニットが同時進行するもの、バッソ・オスティナートのパターンがだんだんと成長してすべての声部に織り込まれていくようなフラクタル的なものなどが含まれています。
なお、今回の使用楽器は、山野辺暁彦さんが製作されたもので、1780年代のドイツの楽器製作家、フーベルトのクラヴィコードがモデルとなっています。(藤枝守)
■バッハのクラヴィコード
アンナマグダレーナ(バッハの2人めの妻)によって記された「バッハの思い出」の中に、クラヴィコードを愛したバッハの姿が描かれています。それによると、バッハはあらゆる楽器の中で、オルガンに次にクラヴィコードが好きであったらしいのです。バッハは家庭演奏を好み、息子たちともクラヴィコードで競演したといわれています。
クラヴィコードは公の場には出ない楽器で、主に家での練習用の楽器です。構造が単純で安価に作れたため、当時たいていのオルガン奏者が持っていたそうです。金属片が弦を突き上げるというシンプルな構造は、直接弦と対話しているような趣きがあります。アクションの複雑になった近代ピアノとはそのあたりの感触がかなり違います。キーを押しているあいだは金属片が弦から離れないため、ヴィブラートも可能です。しかしその構造ゆえ音量
は極端に小さく、近代演奏文化にはなじまずあまり使われなくなったと思われます。
しかし、その音色の美しさは音の小ささを補ってあまりあるものでしょう。チェンバロというよりリュートを思わせる音色で、比較的音の数が少ない楽曲を弾くと、とくにその音色の美しさが引き立ちます。今日はそういう意味で、バッハの作品からリュート組曲を選びました。ヴァイオリンのための無伴奏パルティータの編曲であるこの作品は、本来演奏すべき楽器の指定はなく慣例的にリュートで演奏されているものです。バッハはリュートを弾けなかった?という説もあり、この曲をクラヴィコードで弾くバッハの姿を何となく想像してしまうのです(もっともラウテンヴェルクというリュートを模した幻の楽器もあったそうですが・・)。
藤枝さんの「植物文様」もこの楽器とたいへん相性がよく、何度か演奏をさせていただいておりましたが、今回富山のマイルストーン・アート・ミュージックからCDリリースのはこびとなりました。クラヴィコード、藤枝さん、富山と縁が重なって、この度の那須の演奏会が実現できたことにたいへん感謝しております。(砂原悟
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